愛知県田原市にある久丸(ひさまる)神社の寝祭りは、300年以上の歴史を持つ伝統的な祭りです。
この祭りは「絶対に見てはいけない」と地元で言い伝えられており、地元の人々も何が行われているのか知らないということが多いです。
祭りの時間には、地元の小学校の先生も生徒たちに対して祭りを見ないよう呼びかけるほど、その秘密が厳守されています。
田原市の寝祭りの目的や見てしまったらどうなるのか?
救済措置もまとめます。
目次
田原市の寝祭りとは?【久丸神社】
愛知県田原市の久丸神社。
久丸神社で300年以上の歴史を持つ「寝祭り」は絶対に見てはいけないと言われています。
地元の小学校でも寝祭りの日は生徒たちに「見てはいけない」と呼びかけます。
さらに授業は午前中で終わりにして「寝祭り」に遭遇しないように生徒たちを早退させる配慮までなされています。
一体どんな祭りなのでしょうか。
地元の人も・・・
と口をそろえて「見ない」と言います。
田原市の寝祭りの目的は何?なぜ見てはいけないの?【久丸神社】
祭りの発祥やその由来は謎に包まれています。
田原市の寝祭りは目的があって行うものというよりも、地域に根ざした祭事習慣による儀式ととらえると理解しやすいかもしれません。
知られる限り、「寝祭り」に関する最も古い記録は1707年に成立した『三河雀(みかわすずめ)』です。
「正月初の申酉の日、久丸と云祭有、氏子七ヶ郷戸を閉て出ず」とあり、現代に続く寝祭りの基本的な特徴がみられます。
田原市の寝祭りは主に旧正月に行われ、特定の日に特定の儀式が行われるというもの。
目的地についたら、そこで決まった儀式を行う。
この期間、村人たちは神聖な儀式の時間に外出せず、火を消し、戸を閉じて過ごしました。
また、神主が神竈穴へ行く様子や、神明社へ帰る様子を見た者には罰があるとされていました。
簡単にまとめると・・・
・寝祭りの様子を目にすると様々な災厄があるとされるから。
・神聖な儀式の期間は地域の人たちも協力して見ないようにする習慣が守られてきたから。
神々への敬意と祈りを表すために行われ、地域の伝統として大切にされていました。
田原市の寝祭りを見てしまったらどうなる?【久丸神社】
祭りを見てしまった場合の罰についても様々な伝説があります。
祭りの由来については明確ではありませんが、五大天皇の子孫である久丸様がこの地に隠れ住んでいたことに由来するとも伝えられています。
祭りの核心部分は、神社での儀式とその後に行われる約600メートル離れた神部大宮新名への神体運搬の行列です。
しかし、この行列を直接見ることは禁じられています。
寝祭りを見てしまった場合の救済措置【久丸神社】
万が一見てしまった場合のために、「謝罪祭」という救済ルールがあり、謝罪の儀を受けることで無病息災が約束されるとされています。
この祭りには、絶対に見てはいけないという言い伝えが継承の課題となっており、知らない人が多くなっています。
しかし、最近では祭りのカメラ撮影が許可され、画面越しに見ることに問題はないとされています。
地元では、祭りの伝統を守りつつ、参加型の祭りや若い人たちが伝承しやすい形に変えていくことが検討されています。
また、謝罪祭で罰を受けることにより、行列を見ても良いという形に変更される可能性もあるようです。
このように、根祭りは地域住民の優しさと伝統が受け継がれていく祭りであり、時代と共にその形を変えながらも、大切な文化として守られています。
ネット上やSNSの意見・声
まとめ
愛知県田原市の久丸神社に伝わる寝祭りは、300年以上の歴史を持つ伝統的な祭りで、「絶対に見てはいけない」と地元で言い伝えられています。
地元の人々や小学校の先生さえも、この祭りの秘密を守るために祭りを見ないよう呼びかけています。
祭りの目的や由来は明確ではなく、神聖な儀式として行われ、その様子を見た者には罰があるとされています。
ただし、万が一見てしまった場合のための救済措置として「謝罪祭」があります。
この祭りは、神社での儀式と神体運搬の行列が核心部分で、この行列を直接見ることが禁じられています。
最近では、祭りのカメラ撮影が許可され、画面越しに見ることは問題ないとされています。
これにより、伝統を守りつつ、祭りをより多くの人に知ってもらう努力がなされています。
地元の人々は、このユニークなお祭りを大切にしており、文化を残すことの重要性を感じています。
ネットやSNSでは、「見てはいけない」という神秘性が逆に興味を引き、画面越しに見ることの許可は現代的なアプローチとして受け入れられています。
寝祭りは、地域の伝統と文化を守りながら、時代と共にその形を変えていく良い例となっています。